おもしろおじさんニック・ボストロムのシミュレーション仮説と脆弱世界仮説
- 2019.09.02
普段は経済心理や産業心理に基づいてブログを書くことが多いのですが、今回は番外編です。
シミュレーション仮説で有名なオックスフォード大学教授で哲学者のニック・ボストロムが、面白い論文を執筆したのでご紹介したいと思います。
その前に、まずニック・ボストロムを有名にしたシミュレーション仮説を軽く説明します。
■シミュレーション仮説
シミュレーション仮説とは、簡単に言うと「この世界はシミュレーションである」というもので、古くはプラトンの時代から唱えられていた説です。
ニック・ボストロムのシミュレーション仮説が一般的にも有名になったのは分かりやすく、一見反論できないものだからだったからです。
シミュレーション仮説曰く、3つの選択肢があると言います。
1. (全宇宙または宇宙外の)知的種族は現実をシミュレートできる技術レベルに達しない
2. 現実をシミュレートできるとしても全ての知的種族はそれを実行しない
3. 1と2の可能性が極めて低いことから、この世界はシミュレーションされたものである
というものです。
分かりやすいですよね。
ブラックホールや宇宙の起源をシミュレートする実験は現在も行われていますし、世界そのものをシミュレートできるとするなら実行するでしょう。
それならこの世界は誰かがシミュレートしたものだと考える方が自然でしょう?という考え方です。
もちろん、有名な世界五分前仮説と同じように数学や理論物理の専門家には異を唱える方もいます。
ただ、その異論は常人には理解できない部分が多く、ライターが記事にし辛いということもあって広まっていません。
■脆弱世界仮説
脆弱世界仮説は世界の脆弱性を説いたもので、シミュレーション仮説よりは現実的に感じられると思います。
例えば、ここにボールが入った壺があるとします。
ボールには白と灰色と黒のボールがあります。
そしてボールはテクノロジーを表します。
・白いボール=有益なテクノロジーやアイディア
・灰色のボール=有益とも有害とも考えられるテクノロジーやアイディア
・黒いボール=完全に有害で初期設定として文明を滅ぼすテクノロジーやアイディア
人類は一つ、また一つとボールを取り出していきます。
これまでのところ、白いボール(有益なテクノロジー)や灰色のボール(有益とも有害とも考えられるテクノロジー)を取り出してきています。
例えば、白いボールは車や鉄道、抗生物質の発見など有益なものです。
灰色のボールは宗教や火薬、核分裂の発見と考えると分かりやすいかも知れません。
もちろん、考え方によって灰色に近い白や白に近い灰色もあると思います。
しかし、これまでのところ偶然にも、黒いボールは壺から出てきていない、というのが脆弱世界仮説の考え方です。
黒いボールの例としてはニック・ボストロム自身が合成生物学を使った大量破壊兵器を挙げています。
原子物理学や原子核工学にみられるようなセキュリティ意識・文化がないからだそうです。
かつてキュリー夫妻が実験のために放射線まみれになったようなことが生物科学の分野で全世界的に起こる可能性があると…
我々がラッキーだったのは、例えば核兵器を作るには豊富な知識と材料、財力、広い土地が必要だったことでしょう。
個人が世界を滅ぼすようなものを手軽に作ることは難しいはずです。
ですが、個人が考えた新しいアイディアやテクノロジーがその後どういった研究に使われるかは予想が難しいものです。
核分裂を発見したリーゼ・マイトナーやオットー・ハーンは核兵器を前提に研究をしていた訳ではないでしょう。
こういった予測が困難なさまざまな可能性について簡単に注意を促しているのが、脆弱世界仮説とも言えます。
■分かりやすいと有名になりやすい
このようにニック・ボストロムの説は哲学としてはとても分かりやすいです。
アンドリュー・ワイルズやグリゴリー・ペレルマンをご存知でしょうか。
フェルマー予想やポアンカレ予想を証明した人の名前は一般的にあまり知られていません。
これは証明が難解過ぎて常人には理解できなかったからだと思います。
では、アインシュタインが一般的にも有名になったのはなぜでしょうか。
相対性理論によると速度や重力差によって時間の進み方が異なることは、現在ではよく知られていますが、発表当時、この考え方をよく理解していなかった記者たちがこぞって「タイムトリップが可能かもよ!」という記事を書いたのです。
この「タイムトリップが可能かも」というぶっちぎりの分かりやすさによってアインシュタインは一般的にも有名な人になりました。
分かりやすさは人の記憶に残ります。
もしかするとニック・ボストロムも未来の偉人に名を連ねるかも知れませんよ。
参考:The Vulnerable World Hypothesis, The Simulation Argument, ARE YOU LIVING IN A COMPUTER SIMULATION?