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逃げ切ったナチス親衛隊員とナチス裁判

2020.02.07

逃げ切ったナチス親衛隊員とナチス裁判

死ぬまで裁かれずに逃げ切ったとされるナチス親衛隊で有名な人物が二人います。

ヨーゼフ・メンゲレとハインリヒ・ミュラーです。

■ヨーゼフ・メンゲレ
1945年の終戦の後、ドイツ人戦犯の追跡をフリッツ・ホルマンの名で逃れていたメンゲレは、1949年にソビエト軍による逮捕を恐れて、南アメリカへの脱出を試み幸運にも成功します。

アルゼンチンにヘルムート・グレゴールの名で入国し10年を過ごしますが、その間は贅沢で王侯貴族のような生活を営んでいました。

その背景には、旧ナチスの軍人を招き入れ保護するペロン政権と、戦後に巨大な富を得た農業機器会社であるメンゲレの実家の経済的支援があり、後者は最後までメンゲレに金を送り続けます。

しかし、メンゲレの平穏な日々は1960年の、ブエノスアイレスにいたアイヒマンのイスラエル議会による誘拐によって終止符を打たれます。

次は自分の番だと悟ったメンゲレは、ペーター・ホーホビヒラー名の身分証明書をもってブラジル、サンパウロ周辺のセラ・ネグラに移住します。

そこでの彼の人生は一挙にみじめなものに変わっていきます。

南アメリカに渡って来る時に妻と子供とは別れており、次に妻とした亡き弟の妻と甥もすでに彼の下を去っています。

1964年にはドイツでは彼の全ての学位が、剥奪され、彼は衝撃的な屈辱をうけます。

健康状態も悪化し、隠れ家の主の家族とは険悪な関係にあり、メンゲレは孤独と死に怯えるパラノイアに陥ります。

最晩年に実の息子のロルフがブラジルまで面会に訪れますが、ロルフは父を見捨てて帰国し、失望したメンゲレは老いさらばえた姿となり、1979年に海水浴中に心臓麻痺で死亡します。

その亡骸は「ヴォルフガング・ゲアハルト」という偽名でたった3人の立会のもとにその地で埋葬されたとされています。


■ハインリヒ・ミュラー
ナチス幹部としては、唯一逮捕されず、死亡も確認されていない人物で、第二次世界大戦中のホロコーストの計画と遂行に主導的役割を果たした人物です。

ミュラーが最後にその姿を確認されているのは、ヒトラーが自殺した直後の1945年5月1日で、その後の消息は不明となっていましたが、1960年のイスラエルによって逮捕されたアイヒマンが裁判でミュラーの南米逃亡を証言し、ミュラーが生存している可能性が高まりました。

ミュラーが死亡・埋葬されたという情報は幾つもあり、近年(2013年)ではミュラーは終戦前に死亡し1945年にベルリンのミッテ区にあるユダヤ人共同墓地に埋葬されたという情報もありますが、確証を得るには至っていません。


■現在のナチス裁判
あまり知られていないことですが、ドイツでは近年も年に数件、元ナチス親衛隊が逮捕され、裁判が行われています。

ナチスの戦争責任を問う裁判は戦後70年以上たった今も続いているということです。

2011年、ミュンヘン地裁が強制収容所の元看守に有罪判決を下した際、本人が実際に殺害に手を下したかどうかの立証は必要なく、大量殺害を目的とした絶滅収容所との関係を立証すれば十分と判断しました。 これを受けて高齢者が改めて捜査の対象になり、起訴されるケースが相次いでいるということです。


■隣人は悪魔 -ナチス戦犯裁判の記録-

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