【創作小話】その世
- 2023.07.21
ある晩、小さな村でおばあさんが亡くなりました。
彼女は村で一番長寿で、多くの人に慕われていましたが、ついにその寿命が尽きたのです。
しかし、村人たちが彼女の亡骸を見つけることができませんでした。
おばあさんはただただ消えてしまったのです。
驚きと恐れが広がる中、村人たちの間で噂が広まりました。
その噂によれば、おばあさんは「その世」へと旅立ったのではないか、というのです。
「その世」は、「この世」と「あの世」の間に存在し、生死の境界に位置します。
そこは、生きているのでも死んでいるのでもない世界。
一説には、人間の目に見える「幽霊」というものは「あの世」のものではなく「その世」にいる者だといいます。
だから「この世」からも見えることがあるのだと。
さて、おばあさんが「その世」でどうなったかというと、着々と「あの世」へ行く準備をしていました。
「その世」で身体と「この世」への未練を断ち切ったら「あの世」へと向かいます。
なぜ直接「あの世」に行かないのかというと、「あの世」は正確には「この世」のような世界ではなく、各々が意識や自我を持つこともないので、「この世」に未練がある人は直接「あの世」には行かず、「その世」で未練を断ち切るのだそうです。
おばあさんはみんなにとても慕われていたので「この世」の未練を断ち切れず、まだ「その世」を彷徨っています。
恐らくはずっと「その世」を彷徨い、稀に「この世」の人から幽霊として認識されるのでしょう。
愛されたり、慕われたりすることも呪いの一つです。
それが良いことだろうと悪いことだろうと、強い想いはあなたを「その世」に留めて離してくれなくなるのかもしれません。
幽霊として宇宙の終わりまで。